民法の判例から

ケース(9):不完全履行と解除
【事実関係】

 夏みかんの仲買業を営むXは、ある時、果物の小売業者Yと夏みかんの売買契約を締結した。Yが代金の一部を支払ったので、Xは夏みかんをYに送付した。Yはその夏みかんを受領したが、しばらくして「自分が注文したのは大玉で品質が良好な夏みかんだったが、送られて来たみかんは大きさも品質も中程度のもので、契約の本旨に適合していなかったから、注文通りの夏みかんを納入してほしい」とXに対して再履行を請求した。

 こうした請求を「追完請求」と呼ぶ。「追完」とは、債務者が引き渡した目的物に瑕疵があった場合、またはその種類、品質もしくは数量が契約の内容に適合しないときに、債務者がその目的物を補修し、代替物と引き換え、または不足分を引き渡すことをいう。債権者がその追完を受領したときは、債務者の履行は、初めの引き渡しの時期に遡って有効となる。

 しかし、Yから追完請求を受けたXは「既に納入した夏みかんは、注文通りの品物だ」と主張して、それを拒否した。そのため、Yは売買契約を解除した。これに対してXは解除を受け入れず、Yに対して代金の未払い分の支払いを請求して訴訟を起こした。

 その裁判の第一審でYは、「既に契約を解除したのだから、自分には代金を支払う義務はない」と抗弁した。それに対してXは「民法第541条は、当事者の一方が履行しない場合に、他方はまず、相当の期間を定めて履行の催告をしなければならず、その期間内に履行がなされなかった時に初めて解除ができる、と規定している。しかしYは、そうした催告をせずに解除をしようとしたから、その解除は違法である」と主張した。第一審裁判所は、Xの主張を認めてYの解除を違法と判断し、Yに対して代金の未払い分を支払うよう命じた。そこでYは控訴した。

 控訴審裁判所は、今度はYの主張を認めて、その解除を有効と判断した。そこでXが上告した。

【判旨】

 最高裁判所も、控訴審裁判所の判断を支持してYの解除を有効と判断して、その理由を次のように説明した。民法541条は、確かに相当の期間の設定と履行の催告を要求している。その理由は、「債務不履行があったら直ちに解除できる」と考えると、契約関係が不安定になって、契約の効力に対する信頼が揺らいでしまうからである。しかしながら本件の場合、Yからの追完請求に対して、Xはそれをはっきりと拒否していて、Yの要求に応じる様子は全くなかった。したがって、たとえYがもう一度催告をしても、Xがそれを受け入れる可能性はほとんどなかった。このような場合には、改めて期間を定めて催告することには意味がないから、その必要はないと判断するべきである。特に商人間の商取引の場合、物事を迅速に処理することが重要であるから、相手方に催告を受け入れる意思が全くないことが明らかなときには、形式的な催告をしなくても、直ちに契約を解除することが許されると考えるべきである。

【関連条文】

(履行遅滞等による解除権)⇄ มาตรา ๓๘๗

民法第541条; 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

มาตรา ๓๘๗

ถ้าคู่สัญญาฝ่ายหนึ่งไม่ชำระหนี้ อีกฝ่ายหนึ่งจะกำหนดระยะเวลาพอสมควร แล้วบอกกล่าวให้ฝ่ายนั้นชำระหนี้ภายในระยะเวลานั้นก็ได้ ถ้าและฝ่ายนั้นไม่ชำระหนี้ภายในระยะเวลาที่กำหนดให้ไซร้ อีกฝ่ายหนึ่งจะเลิกสัญญาเสียก็ได้


【解説:平成29年民法改正】

 債務不履行または「債務の本旨に従った履行」がなされない場合、従来の民法の規定では、債権者は履行強制の請求(第414条)、損害賠償の請求(第415条)または契約の解除(第541条、543条)をすることができる、と規定されてきた。しかしながら、特に不完全履行の場合には、損害賠償の請求や解除の前に、まず「追完請求」をする場合が多い。本件のように、裁判所もそれを認めていて、慣習法として確立している。

 また、債務者が「債務の本旨に従った履行」をはっきりと拒否している場合、第541条にしたがって「相当の期間を設定して催告する」ことを債権者に要求することは、不合理である。本件の判例は、この点を判例法として承認した。

 平成29年に成立した民法改正では、以上のような慣習法・判例法が成文法として採用されることになった。まず「契約の解除」に関する条文は、以下のように改正された:

(催告による解除)

【新】第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

(催告によらない解除)

【新】第542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。

一 債務の全部の履行が不能であるとき。

二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。

四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。

五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。

2  次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。

一 債務の一部の履行が不能であるとき。

二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

(債権者の責めに帰すべき事由による場合)

【新】第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。

 つぎに「追完請求」についてであるが、改正前の民法第二編債権、第二章契約、第三節売買、第二款売買の効力に「売主の担保責任」という名前で、次のような条文があった:

(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)

第563条 売買の目的である権利の一部が他人に属することにより、売主がこれを買主に移転することができないときは、買主は、その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる

2  前項の場合において、残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは、善意の買主は、契約の解除をすることができる

3  代金減額の請求又は契約の解除は、善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない。

(数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任)

第565条 前二条の規定は、数量を指示して売買をした物に不足がある場合又は物の一部が契約の時に既に滅失していた場合において、買主がその不足又は滅失を知らなかったときについて準用する。

(地上権等がある場合等における売主の担保責任)

第566条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。[…]

(売主の瑕疵担保責任)

第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

 このような「売主の担保責任(liability for material defects or defects in rights) は、ローマ法の伝統に従った古い原則で、「厳格責任」(strict liability; ความรับผิดที่เข้มงวด)と考えられている。つまり帰責事由(故意または過失)は要件ではなく、売主には抗弁権が認められていない。しかし、こうした規定は現代の社会関係にはあまり対応していない。そこで今回の民法改正では、同じく「売買の効力」に、以下のような新しい条文が採用された:

(買主の追完請求権)

【新】第562条 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

2  前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。

(買主の代金減額請求権)

【新】第563条 前条第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる

2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、買主は、同項の催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができる。

一 履行の追完が不能であるとき。

二 売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき。

三 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき。

四 前三号に掲げる場合のほか、買主が前項の催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき。

3  第一項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、前二項の規定による代金の減額の請求をすることができない。

(買主の損害賠償請求及び解除権の行使)

【新】第564条 前二条の規定は、第415条の規定による損害賠償の請求並びに第541条及び第542条の規定による解除権の行使を妨げない。

(移転した権利が契約の内容に適合しない場合における売主の担保責任)

【新】第565条 前三条の規定は、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合(権利の一部が他人に属する場合においてその権利の一部を移転しないときを含む。)について準用する。

 以上のように、改正後の民法には「売主の担保責任」という考え方はもう使われていない。それに代わって、売買の目的物が契約の内容に適合しないときは、買主はまず「追完請求」をする(新第562条)。売主が追完を拒否したり、追完が不可能な場合は代金の「減額請求」をすることができる。これらの請求には「売主の帰責事由」は関係ない。なぜなら、これらの請求は「履行請求権」に基づく請求であって、売主の「不履行責任」に基づくものではないからである。

 他方で、債務の履行が契約の内容に適合しなかったために、契約の目的が達成できなくなった場合、または追完が不可能な場合には、「追完請求」や「減額請求」ではなく、損害賠償の請求(新第415条)および契約の解除(新第541条、542条)をすることもできる(新564条)。だたし、損害賠償の請求には「債務者の責に帰すべき事由」が要件となる。契約の解除には、債務者の帰責事由は要件ではなくなった(新第543条)。

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