△ 製造物責任(欠陥商品による被害)

 深刻な環境汚染問題が起きた1960年代、もう一つ別の種類の問題が起きるようになりました。欠陥のある商品によって、大勢の人が損害を被るようになったのです。第二次世界大戦が終わって、大量生産、大量消費の時代が始まりました。このような産業の発展が、一方では環境汚染を引き起こし、他方では商品の欠陥が原因で、大勢の消費者が被害にあうようになったのです。

 はじめ、この問題は契約の問題だと理解されました。製造者や販売者が消費者に提供する「品質保証 (warranty)」に基づいて、損害賠償の責任を判断しようと考えたのです。しかし、その商品自体が壊れるだけでは済まない場合があります。その他の財産が損害を受けたり、人や動物が被害を受けたりします(拡大損害; extended damages)。また、被害者は商品の買主だけではありません。買主の家族や友人など、第三者が被害を受けることもあります。こうした場合には、「品質保証」によって問題を解決することができません。被害者が売買契約の当事者ではないからです。このため、欠陥商品による被害の問題は「不法行為」の問題として解決しなければなりませんでした。

 しかし、「不法行為」として問題を解決しようとすると、環境汚染の例と同じように、被害者が非常に難しい立証責任(挙証責任)を負わなければなりません。あの「因果関係」と「過失」の立証です。そのためには、その商品の設計や材料、製造方法などについての詳しい情報と、専門的な知識とが必要になります。


♦ 消費者保護の必要性、企業の厳格責任

  この授業の初めで、「私法とは、平等な個人同士の法律関係についてルールを定めている法律だ」と説明しました。環境汚染や製造物責任の問題では、企業と住人、企業と消費者が争いますが、この両者は、本当は平等ではありません。企業には専門的な知識をもつスタッフが大勢います。それに「企業秘密」を守ろうとします。お金も持っています。それに対して住民や消費者には、専門的な知識もありませんし、お金も限られています。このため、企業の過失責任を問題とする裁判で、住民や消費者が勝つことは非常に難しいことでした。これでは、自然環境や日常生活の安全を十分に守ることができません。

 そこで、「企業は、環境や安全性を守るために、社会に対して特に高い注意義務を負っている」と考えられるようになりました。それが「厳格責任」(strict liability) の概念です。「結果責任」とも呼ばれます。つまり、「何か悪い結果が生じた場合には、注意義務違反があっても無くても、その責任を負わなければならない」ということです。そうすると、裁判で「過失」を立証する必要がなくなりますから、住民や消費者でも裁判に勝てるようになります。それで企業は、裁判を起こされないように、環境や製品の安全性に以前より注意するようになります。


♦ 製造物責任法:第一世代 (1960s, 1980s ~ )

 以上のような理由で、「製造物責任法 (product liability law)」という新しい種類の法律が作られるようになりました。1960年代にアメリカで生まれ、80年代にはヨーロッパ諸国が続きました。日本は遅れて、94年にやっと法律を作りました。これらが第一世代の製造物責任法です。これらには次のような原則があります:

  1. 製造業者だけでなく、輸入業者、製品のラベルに名前が印刷されている会社、さらには販売業者も、製品の安全性について責任を負う。
  2. 責任を負う者が複数いるときは、連帯して(“jointly and severally”)責任を負う。
  3. 被害者は、その製品に「欠陥」(defect; ข้อบกพร่อง)があること、その欠陥が原因で損害が生じたこと(因果関係)の二点だけを立証すればよい。製造業者などの「過失」を立証する必要はない。
  4. 製造業者などが「その製品を生産していた時の科学技術の水準では、その製品の欠陥を認識することができなかった」ことを立証できれば、その責任を免れることができる(development risk)。

 ただし、日本の製造物責任法では、販売業者は含まれていません。以上のような原則が認められたおかげで、消費者の立証責任がずっと軽くなりました。「企業がどのように製品を開発しているか」や「工場の中で何が行われているか」といった点は、直接の関係がなくなるからです。それでもまだ、「製品の欠陥」と「欠陥と損害の因果関係」を立証しなければなりません。それは決して簡単なことではないのです。


製造物責任法
(平成六年七月一日法律第八十五号)

(目的)

第一条 この法律は、製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

(定義)

第二条 この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。

2 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。

3 この法律において「製造業者等」とは、次のいずれかに該当する者をいう。

一 当該製造物を業として製造加工又は輸入した者(以下単に「製造業者」という。)

二 自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、商号、商標その他の表示(以下「氏名等の表示」という。)をした者又は当該製造物にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者

三 前号に掲げる者のほか、当該製造物の製造、加工、輸入又は販売に係る形態その他の事情からみて、当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者

(製造物責任)

第三条 製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。

(免責事由)

第四条 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない

一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。

二 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。

(期間の制限)

第五条  第三条に規定する損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び賠償義務者を知った時から三年間行わないときは、時効によって消滅する。その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から十年を経過したときも、同様とする。

2 前項後段の期間は、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害又は一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害については、その損害が生じた時から起算する。

(民法 の適用)

第六条 製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については、この法律の規定によるほか、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定による。


【参考:ヨーロッパの立法例】

イギリス消費者保護法:第一部 製造物責任(1987年成立)

ドイツ製造物責任法(1989年成立、2017年改正)

フランス民法 第1245条 – 1245条の17 (1998年成立、2016年改正)

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