解 説

◎ 契約責任に関する代表的な見解(英・仏・独)

 ところで、世界には契約責任に関して異なった考え方があります。基本的に、コモンロー型、フランス法型、ドイツ法型の3つがあります。もっとも単純な考え方がコモンロー型です:

• コモンローでは「契約の履行期が到来したら、債務者は履行しなければならない。履行しなければ、債務者は遅滞の責任(in default)を負い、債権者は損害賠償(damage)を請求することができる」と考えられています。

 つまりコモンローでは、債権者が債務者に対して、契約通り履行するように請求することは、必要だとは考えられていません。それだけでなく、債権者が裁判所に対して強制履行を求めることも、認められていません。なぜなら、「履行を強制する」ことは個人の自由を侵害することになるからです。しかし、金銭の支払いは例外です。

 結果的に、契約を履行するかしないか、それを選択する権利は、債務者にあることになります。コモンローでは「契約を破ることも自由だ、ビジネスの一つの仕方だ」と考えます。「契約通り履行するよりも、損害賠償を支払う方が有利なら、契約は守らなくても良い」という考え方です。このようにコモンローは、法律(ビジネス)問題とモラルの問題をはっきり区別します(リーガル・リベラリズム)。

• これに対してフランス法は「法律問題と道徳問題とは、密接に関連している」という立場を取ります。そして「契約を守ることは、道徳的な義務であると同時に、法律的な義務でもある」と考えます。このため、「契約の履行期が到来したら、債権者はまず、債務者に対して、契約通り履行するよう請求しなければならない」と考えます。コモンローの場合とは違って、履行請求をせずに損害賠償を請求することは、フランス法では許されません。債権者からの履行請求を受けても、債務者が履行しない場合には、債権者は、強制履行を求めて裁判所に訴えることができます。同時に、「債権者から履行請求を受けたのに履行しないのだから、債務者に過失(fault, responsibility)がある」とも考えられますから、債権者は、履行の代わりに損害賠償の支払いを請求して裁判所に訴えることも許されます。

 このように、フランス法では「履行か損害賠償かの選択権は、債務者ではなく、債権者にある」と考えられています。

• ドイツ法も、基本的にはフランス法と同じ立場です。しかし、フランス法よりもさらに厳格に考えて、「履行か損害賠償か」という選択権を、債務者にも債権者にも認めません! つまり、契約の効力を最大限守るため、債務履行が可能な限り、債権者は債務者に対して、契約通り履行するよう請求することができるだけです。そして、履行が不可能になったとき、または履行が全く無意味になったときに初めて、債権者は債務者に対して、履行に代わって損害賠償の支払いを請求できるようになるのです。

 しかしその場合、その履行不能について債務者に過失があることが条件になります。もっとも、「過失の推定」が働きますから、「過失がない」ことの立証責任は、債務者にあります。

Three Concepts of Remeadies for Non-performance
(Law) Condition for
Default
Remedies for
Non-performance
Fault
(Responsibility)
Choice Damages
C/L Arival of time Damages only -- Debtor Business option
Fr. Arival of time
&
Demand
Spedific performance
or
Damages
Required Creditor Punishment against non-performance
Gr. Arival of time
&
Demand
Spedific performance
then
Damages
Required Nobody Recovery from Damages
◎ 日本民法起草者の思惑

 さて、それでは日本民法の立場は、これら3つの考え方のどれに一番近いでしょうか? 日本で最初の民法(旧民法)は、1890年に制定されましたが、それを起草したのはフランス人法律家でした。したがってこの民法の考え方は基本的にフランス法型でした。その後、1892年にこの最初の民法を改正することが国会で決定され、現行の民法(改正民法)が起草されましたが、この時の起草者はすべて日本人法律家でした。現行民法も、この「債務不履行」に関しては、基本的にフランス法に従いました。起草者たちが考えた最初の論法は、以下のようなものでした:

(1) 債務を履行するべき時期(履行期)が定められていない場合は、債権者は、いつでもその履行を請求することができる。

(2) 履行期が定められている場合は、もちろん、それが到来したときから履行請求ができるが、たとえ債権者からの履行請求がなくても、債務者には遅滞の責任(in default)がある。

(3) 債権者から履行請求を受けても、債務者が履行しようとしない場合は、債権者は、強制履行を裁判所に請求することができる。

(4) 債務者に遅滞の責任がある場合には、債権者は、強制履行の代わりに損害賠償を請求することもできる。債務者が履行はしたが、それが契約通りでなかった場合にも、債権者は損害賠償を請求することができる。しかし遅滞の場合と同様、「債務者の過失」が条件となる。

(5) 損害賠償の範囲は、現実に生じた損害全てではなく、「通常生じる損害」に限られる。

 以上が最初の構想でした。これは、フランス法の考え方にコモンローの考え方を加えたもので、履行請求をしなくても、債権者が損害賠償の請求をできるようにしようとしたのです。結果的に、債権者の選択権がフランス法よりもはっきりと表現されています。

 その後、上記の(1)の条文が削除されて(2)だけが残り、この傾向がもっと顕著になりました。つまり「履行期が決まったいる場合には、債権者はわざわざ債務者に履行請求をする必要はなく、履行期が到来しても債務者が履行しないときは、強制履行でなく、直ちに損害賠償を請求することができる」と考えたのです。起草者たちは、「債務者に選択権を認めることは適切ではない」と考えていました。しかし他方では「コモンローに倣って、履行請求をせずに直接、損害賠償請求ができるようにしたい」と考えました。こうして、コモンローとフランス法の二つの考え方を折衷しようとしたのです。しかも「裁判所に訴える必要もない。債務者に直接、損害賠償を請求すればいい」と考え、裁判外で紛争を解決することも許されると考えました。

 以上のような経緯で、「履行遅滞の責任(412条)」→「強制履行の請求(414条)」→「損害賠償の請求(415条)」→「損害賠償の範囲(416条)」という構成ができました。最後に、「債権者の受領遅滞の責任(413条)」という論点が加えられて、現行民法の条文ができあがりました。

 しかし、「フランス法とコモンローの二つの考え方を折衷する」という方法には、理論的な難点があります。第412条の「遅滞の責任」はコモンロー的な考え方(default)ですから、無過失の賠償責任(strict liability)です。それに対して、第415条に規定された賠償責任はフランス法の考え方に従っていて、「債務者の責に帰すべき事由」(fault, responsibility)を条件にした賠償責任(liability for negligence)です。

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