ビジネスと法律

 これから皆さんに「ビジネスと法律」というテーマでお話しします。ビジネスに関係する法律は、大きく分けて二種類あります。

◯ 公法と私法

 まず初めに、公法です。ビジネスのそれぞれの業種ごとに、国家がいろいろな規則を作って、公正で安全なビジネスが行われるように、規制を行います。例えば、国から許可を受けなければ行えないビジネスや、資格がなければ行えないビジネスがたくさんあります。また、ビジネスをするときに守らなければならないルールも、それぞれの業種にたくさんあります。これらの法律は、国家がその権力を使って、民間の個人(あるいは法人)に対して行う規制を定めていますから、すべて「公法」に属します。

 これに対して、ビジネスそのものは、物やサービスを売ったり買ったりする行為で、民間の個人同士の関係です。国家は直接には関係しません。個人同士の法律関係では、すべての当事者が平等です。権力関係ではありません。こうした平等な個人同士の法律関係について、その原則やルールを定めている法律は、「私法」と呼ばれます。これが二つ目の種類です。

◯ 契約と不法行為

 ところで、ビジネスに関係のある私法上の法律関係は、「債権債務関係」です。「債権」とは、誰かに対する権利のことで、「債務」とは、同じく誰かに対する義務のことです。この債権債務関係にも、実は二種類あるのです。一つは「契約関係」と呼ばれるもので、契約を結ぶことで生まれる法律関係です。契約には様々なタイプのものがありますが、最も重要なのは「売買契約」ですね。ビジネスは普通、物やサービスの売買ですから、ビジネスのほとんどの部分は、この契約関係であると言えます。でも、ビジネスがうまくいっている間は、あまり法律のことは考えません。ところが、契約が守られなかった場合(「債務不履行」)はどうでしょうか。まず問題になるのが、誰にどんな権利(「債権」)があって、どんな義務(「債務」)を負っているのか、という点です。そして債権者は、契約通りにその債務を履行するよう、債務者に求めることができます。しかし、履行がもうできない場合や、履行してもらっても遅すぎて無意味な場合などがあります。その場合には、債務者は、不履行の責任をとって、相手側に損害を賠償しなければなりません。これが「契約責任」です。ビジネスの場合、その当事者同士の間で起こる法律問題の大半が、この「契約責任」の問題です。

 さて、二つ目の債権債務関係とは何でしょうか。それは、契約ではなく、「不法行為」から生まれる法律関係です。誰かが誤って(「過失によって」)または意図して(「故意に」)、他人の生命や身体、財産、その他の権利や利益を不法に侵害した場合、その加害者は、被害者に対して損害を賠償しなければなりません。これが「不法行為責任」です。このような問題は、どんな時にでも、誰と誰の間にでも、起こる可能性があります。例えば、誰かが道で他の人にぶつかったとします。その人が転び、怪我をした場合、それはもう「不法行為」になってしまいます。こうした事故は、ビジネスの場合にも起こることがあります。例えば、ある人がおもちゃを買って、友人の子どもにプレゼントしたとします。ところがそのおもちゃには「欠陥」があって、その子どもが怪我をしたとします。一体、誰にその責任があるのでしょうか。怪我をした子どもは誰とも契約をしていませんから、その子どもに対して「契約責任」を負う人は誰もいません。ですから、「不法行為責任」しか考えられません。でもプレゼントした人には、明らかな故意や過失がない限り、責任はないと考えられています。では、そのおもちゃを売った店に責任があるのでしょうか。それとも、それを製造した人でしょうか。これが「製造物責任」と呼ばれる問題です。

◯ 第三の責任、「製造物責任」

 この製造物責任は、契約責任とも、不法行為責任とも、それぞれ少しずつ似ていますが、むしろ私法上の第三の責任だと考えられています。なぜでしょうか。契約責任も不法行為責任も、債務者や加害者に「故意または過失 」がなければ、裁判所は認めません。これに対して製造物責任は、故意や過失がなくても認められます。これを「厳格責任」と呼びます。こうした考え方は、1960年代にアメリカで生まれ、1980年代になると、ヨーロッパ諸国でも認められるようになりました。なぜなら、これを認めないと、消費者の権利が十分に保護されないからです。日本では、1994年に「製造物責任法」が制定されました。

◯ タイの現状

 では、タイではどうでしょうか。消費者保護の重要性は、タイでも早くから認識されていました。例えば1979年には「消費者保護法(พระราชบัญญัติคุ้มครองผู้บริโภค พ.ศ. ๒๕๒๒)」が早くも制定され、1997年には「不正契約規制法(พระราชบัญญัติว่าด้วยข้อสัญญาที่ไม่เป็นธรรม พ.ศ. ๒๕๔๐)」も成立しました。さらに2002年には「直接販売規制法(พระราชบัญญัติขายตรงและตลาดแบบตรง พ.ศ. ๒๕๔๕)」が制定されました。これらの法律は、主に消費者を不正なビジネスから守るために、国家機関に不正なビジネスを行う事業者を取り締まる権限を与えるものです。つまり行政法ですが、同時に、不正な内容の契約や、不正な方法で結ばれた契約を解除する権利が、消費者一人ひとりにも認められました。その点では、これらの法律には民法の規定も含まれています。

 そして2008年、大きな進展がありました。二つの新しい法律ができたのです。一つは「安全性に欠ける商品に起因する損害に対する責任に関する法律(พระราชบัญญัติความรับผิดต่อความเสียหายที่เกิดขึ้นจากสินค้าที่ไม่ปลอดภัย พ.ศ. ๒๕๕๑)」で、タイの製造物責任法です。世界でも最も新しい考え方を取り入れた法律で、ビジネスをする者にきわめて厳しい損害賠償責任を認めたものです。もう一つは「消費者訴訟手続法(พระราชบัญญัติวิธีพิจารณาคดีผู้บริโภค พ.ศ. ๒๕๕๑ )」です。この法律は、裁判の手続きをできるだけ簡単にして、弱い立場にある消費者一人ひとりに、事業者を訴えるきわめて強い権利を認めたものです。

 それでは、これらの法律の何が新しく、重要なポイントなのでしょうか。それは授業の中でお話しいたします。

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