消費者保護の必要性、企業の厳格責任

 この特別授業の初めで、「私法とは、平等な個人同士の法律関係についてルールを定めている法律だ」と説明しました。環境汚染や製造物責任の問題では、企業と住人、企業と消費者が争いますが、この両者は、本当は平等ではありません。企業には専門的な知識をもつスタッフが大勢います。それに「企業秘密」を守ろうとします。お金も持っています。それに対して住民や消費者には、専門的な知識もありませんし、お金も限られています。このため、企業の過失責任を問題とする裁判で、住民や消費者が勝つことは非常に難しいことでした。これでは、自然環境や日常生活の安全を十分に守ることができません。そこで、「企業は、社会に対して、環境や安全性を守るために、特に高い注意義務を負っている」と考えられるようになりました。それが「厳格責任」(strict liability)の概念です。「結果責任」とも呼ばれます。つまり、「何か悪い結果が生じた場合には、たとえ注意義務違反がなかったときにも、その責任を負わなければならない」ということです。そうすると、裁判で「過失」を立証する必要がなくなりますから、住民や消費者でも裁判に勝てるようになります。それで企業は、裁判を起こされないように、環境や製品の安全性に以前より注意するようになります。

 製造物責任法:第一世代 (1960s, 1980s ~ )

 以上のような理由で、「製造物責任法」 (product liability law)という新しい種類の法律が作られるようになりました。1960年代にアメリカで生まれ、80年代にはヨーロッパ諸国が続きました。日本は遅れて、1994年にやっと法律を作りました。これらが第一世代の製造物責任法です。これらには次のような原則があります:

1. 製造業者だけでなく、輸入業者、製品のラベルに名前が印刷されている会社、さらには販売業者も、製品の安全性について責任を負う。
2. 責任を負う者が複数いるときは、連帯して(“jointly and severally”)責任を負う。
3. 被害者は、その製品に「欠陥」(defect. ข้อบกพร่อง)があること、その欠陥が原因で損害が生じたこと(因果関係)の二点だけを立証すればよい。製造業者などの「過失」を立証する必要はない。
4. 製造業者などが「その製品を生産していた時の科学技術の水準では、その製品の欠陥を認識することができなかった」ことを立証できれば、その責任を免れることができる。

 ただし、日本の製造物責任法では、販売業者は含まれていません。以上のような原則が認められたおかげで、消費者の立証責任がずっと軽くなりました。「企業がどのように製品を開発しているか」や「工場の中で何が行われているか」といった点は、直接の関係がなくなるからです。それでもまだ、「製品の欠陥」と「欠陥と損害の因果関係」を立証しなければなりません。それは決して簡単なことではないのです。

 製造物責任法:第二世代、タイの製造物責任法(2008年)

 そこで、製造物責任法の第二世代が生まれました。2008年に成立したタイの法律 (พระราชบัญญัติความรับผิดต่อความเสียหายที่เกิดขึ้นจากสินค้าที่ไม่ปลอดภัย พ.. ๒๕๕๑) も、この第二世代に属します。ここでは、上記の四つの原則のうち、特に3と4が変更されます:

3. 被害者は「通常の方法でその製品を使用していたにも関わらず、損害が生じた」ことを立証すれば足り、「製品の欠陥」も「欠陥と損害の因果関係」も立証する必要はない。
4. 製造業者などは、その製品を生産していた時の科学技術の水準では、その製品の危険性を認識できなかった場合にも、なお責任を負う。

 このうち、特に重要なのが3の点です。タイの製造物責任法には「安全でない製品(危険な製品)」という表現が使われていて、「欠陥」という概念がありません。それは「通常の方法で使用していて損害が生じた場合には、『その製品に危険性(欠陥)があって、それが原因となって損害が生じた』と見なす」という意味です。これを「危険性(欠陥)の推定」、「因果関係の推定」と呼びます。その代わり、製造業者などには、「製品に危険性(欠陥)はなかった」ことや「製品の使い方が適切ではなかった」ことなどを証明するチャンスが与えられます。その立証に成功したときは、「危険性の推定」や「因果関係の推定」が破られ、責任を免れることができます。

 第一世代の場合と比べて、被害者の立証責任は一段と軽くなります。他方、製造業者などの注意義務は、一層重くなります。したがって今後、より安全な商品を開発して、品質管理 (quality control)を十分に行い、適切な使用方法をわかりやすく説明するように、企業は努力しなければならなくなるでしょう。

 製造物以外の商品に関する消費者訴訟

 さて、タイの製造物責任法は、もう一つの法律、「消費者訴訟手続法」 (พระราชบัญญัติวิธีพิจารณาคดีผู้บริโภค พ.. ๒๕๕๑) といっしょに成立しました。最後に、この法律について簡単に説明します。この法律は、消費者と、消費者を相手にビジネスを行う事業者との間の私法上の法律問題であれば、どんな事件にも適用されます。上で説明した製造物責任の裁判もその一つですが、製造物ではなく、サービスを商品とするビジネスの場合にも適用されるのです。したがって、こちらの法律の方が製造物責任法より一般的だと言えます。そしてこの法律には、次のような原則が定められています:

1. 契約に形式的な問題があっても、消費者に事業者を訴える権利を認める(วรรค 2 มาตรา 10)
2. 消費者本人だけでなく、政府の消費者保護委員会(คณะกรรมการคุ้มครองผู้บริโภค)や、この委員会が公認した消費者団体なども、消費者の代理人として、事業者を訴えることができる(มาตรา 19)
3. 消費者訴訟では、訴訟の提起も口頭で行うことが許され(มาตรา 20)、証拠も文書でなくても良い(วรรค 1มาตรา 10)
4. 消費者本人やその代理人が事業者を訴えるときは、第一審の裁判の費用を免除する(มาตรา 17)
5. 消費者訴訟では、まず仲裁(การไกล่เกลี่ย)または和解(การประนีประนอมยอมกัน)の交渉を行わせ、それが失敗した時にだけ、裁判手続きを始める(มาตรา 25, 26)
6. 契約を締結する時に、事業者が消費者にした約束は、たとえそれが契約書に書いてなくても、すべて契約の内容をなすと見なす(มาตรา 11)
7. 製造物やサービスの内容についての詳しい事実など、事業者自身にしか分からない点は、すべて事業者がその立証責任を負う(มาตรา 29)
8. 消費者訴訟で、裁判所が一度認めた証拠や事実は、他の消費者が同じ事業者に対して、同じ内容の訴訟を起こしたときは、それをそのまま適用する(มาตรา 30)
9. 悪質な事業者に対しては、懲罰的な損害賠償金(punitive damage)の支払いを命じたり(มาตรา 42)、法人としての事業者だけでなく、法人を管理する個人などにも賠償責任を負わせることができる(มาตรา 44)
10. 裁判所がある製造物を「消費者の生命、身体、健康、精神にとって危険な物である」と認めた場合に、もしその製造物がまだ販売されていたり、消費者の手元に残っていたりするときは、裁判所はそれを修理したり回収したりするように、事業者に命令することができる(มาตรา 43)

 以上が、特に重要な点ですが、そのなかでも2の点は大切です。これは「代表訴訟」(representative action)と呼ばれる制度で、ヨーロッパ諸国で生まれたものです。日本でも2007年に「消費者団体訴訟制度」が作られましたが、「不当な勧誘方法によって結はされた契約の取り消し」や、「不当な契約内容の無効」を訴えるためにだけ使える制度で、「損害賠償の請求」はできません。また「懲罰的な損害賠償金」や「法人を管理する個人などの賠償責任」も、日本ではまだ認められていません。ですから、タイの消費者訴訟手続法の方がずっと進んでいると言えます。なお、上記の9や10の点は、本当は行政法に属することであって、民事裁判に関するものではありません。

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