裁判の難しさ、立証責任の問題

 ところで、新しい「製造物責任法」の意義を正しく理解するためには、契約不履行 (non-performance. การไม่ชำระหนี้)や不法行為 (tort. ละเมิด) について、もう少し詳しく知る必要があります。特に問題となるのは、「不法行為を理由にして、誰か他人を訴えることは、契約責任の場合よりもずっと難しい」という点です。

[A] 原告の立証責任:契約責任の場合

 まず、AさんとBさんとの間に契約関係があって、Bさんには「1週間後にある商品を納入する」という債務がありましたが、その約束を守らなかったため、Aさんはその商品を更にCさんに転売することができず、損害を被ったとします。このためAさんは、Bさんを「債務不履行」を理由にして訴え、受けた損害の賠償を求めました。Aさんが原告 (plaintiff, claimant. โจทก์)で、Bさんが被告(defendant. จำเลย) です。この場合、Aさんは裁判で、次の四つの点を立証、つまり説得しなければなりません:

1. Bさんとの間に、合法的で有効な契約関係があること。
2. Bさんがその契約を破ったこと (breach of contract)
3. 契約を破った点について、Bさんに「故意」(deliberateness, จงใจ) または「過失」(negligence, ประมาทเลินเล่อ)があること。
4. Bさんの約束違反が原因で、損害が生じたこと。

 さて、こうした「立証しなければならない」義務のことを「立証責任」(burden of proof) と呼びますが、契約関係がある場合には、それほど難しくはありません。契約書を提示して (1) 、そこに書いてある約束をBさんが守っていない事実 (2) を証明すればいいからです。そうした事実がある限り、「契約を破ったBさんには、故意または過失の責任がある」と考えられます。自分の意思で約束したのですから、それを守のが当たり前で、守らなければ、それだけで「Bさんは無責任だ」と言えるからです。もし、Bさんには責任のない何か別の理由があって「約束を守りたくても、守れなかった」のなら、今度はBさんがその理由を説明して「自分に故意や過失がない」ことを立証しなければなりません。

 そして四つ目の点ですが、これは「故意または過失の責任」と損害との「因果関係」(causation) の問題と呼ばれます。「Bさんが契約を守らなかったために、Aさんにどのくらい損害が生じたか」という点が議論されます。その因果関係が認められる範囲で、AさんはBさんに対して賠償金 (compensation for damages, “damages”)を請求できるのです。それで、「損害賠償の範囲」(scope of damages) の問題とも言われます。以上が契約責任で議論される主な点です。

[B] 原告の立証責任:不法行為責任の場合

 それでは、不法行為責任 (tort liability) の場合はどうでしょうか。この場合にも契約責任の場合と大体同じような論点が問題となるのですが、原告の立証責任は、ずっと厳しくなります。なぜでしょうか。契約関係のように、守らなければならない明確なルールがないからです。例えば、DさんがATMの前に並んでいると、後ろに立っていたFさんに急に押されて転び、腕の骨を折ったとします。Fさんは近づいてきた自転車を避けようとしたのです。DさんとFさんの間には何の契約関係もありませんが、「大勢の人がいる場所では、他の人に怪我をさせないように注意しなければならない」という誰でもが知っている社会的なルールがありますね。これを「注意義務」(duty of care) と呼びます。不法行為責任では、このような注意義務に違反したかどうかが議論されます。そこで、原告であるDさんは次のような点を立証しなければなりません:

1. 事件が起きた時、Fさんには、守らねばならない注意義務があったこと。
2. Fさんがその注意義務に違反したこと(breach of duty)
3. 注意義務に違反した点について、Fさんに「故意」または「過失」があること。
4. Fさんの義務違反が原因で、Dさんに損害が生じたこと。
5. Fさんが義務に違反したこと、Dさんに損害を及ぼしたことに、正当な理由がないこと。

 これを一言で言えば、「Fさんはその時、何か間違い(carelessness, fault, mistake)をしたはずだ」ということです。それが「過失」なのですが、「Fさんに過失責任がある」と言えるためには、「Fさんはあの時、『もしDさんにぶつかれば、Dさんは転んで、そして腕の骨を折るかもしれない』と、知り得たはずだ」ということを証明しなければならなりません。もし、そうした結果(「腕の骨を折る」という損害)を予測することができなかったならば、それが起きないように注意する義務もありません。その場合には、「Fさんに過失責任はない」という結論になります。Dさんはまず、このようにな「結果の予見可能性」(foreseeability)や「注意義務違反」(breach of duty) の事実などを立証しなければならないのです。これは簡単ではありません。

 それから、因果関係の立証もとても難しいです。若くて健康な人なら、転んだだけで腕の骨を折ることはないかもしれません。しかしDさんは年寄りで、しかも骨が普通の人より弱かったので、簡単に折れてしまいました。この場合、たとえFさんに過失責任があったとしても、「Fさんがぶつかったことが損害の原因だ」と言えるでしょうか。これもまた、とても難しい点です。このように、不法行為責任の立証では、特に「過失」と「因果関係」の立証が非常に難しい点となるのです。

[C] 環境汚染、欠陥のある商品

 別の例を考えてみましょう。ある会社の工場が汚い排水を川に流したために、環境汚染が生じ、その川で水浴びをしたり、魚を採って食べた人たちが病気になった場合はどうでしょうか。もしその人々がその会社を不法行為で訴えようとするときは:

1. 会社の経営者や工場の技術者たちには、環境汚染や病気の発生を予測できたはずであること。
2. したがって、そうした結果が生じないように、予防する注意義務があったこと。
3. ところが、それを分かっていたのに、不注意で予防しようとしなかったこと。

そうした点を、原告である被害者は立証しなければなりません。そのためには、工場で行われている作業について詳しい情報を得ること、専門的な知識をもつ技術者や研究者の協力を得ることなどが必要になります。ですから、原告だけの努力では、裁判に勝つことはできません。

 もう一つ、別の例です。前に「友だちの子どもに、オモチャをプレゼンとした人」のお話しをしましたね。その人は、そのオモチャをデパートで買ったとします。屋台で売っている安いオモチャではありません。普通、きれいなお店で売っていて、有名なメーカーの商品なら、誰でも「品質も良くて安全な物だろう」と考えますね。その人もそうでした。ですから、怪我をした子どもの両親は、その人を「不法行為」で訴えることは無理です。「安全そうに見えても、特に注意する義務があった」と言えるほどの事情も、「怪我の原因だ」と言えるほどの重大な過失も、立証することは難しいでしょう。ですから、そのオモチャを製造したメーカーに怪我を予防する注意義務があったこと、その義務に違反したことが原因で損害が生じたこと、つまり、製造業者の不法行為責任を問題にするしかありません。これが「製造物責任」の問題ですが、そうすなると、環境汚染の例と同じように、そのオモチャの設計や材料、製造方法などについての詳しい情報と、専門的な知識とが必要になります。環境汚染の場合と同様に、被害者が裁判に勝つことは簡単ではありません。

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