さて、こうした「立証しなければならない」義務のことを「立証責任」(burden
of proof) と呼びますが、契約関係がある場合には、それほど難しくはありません。契約書を提示して(1) 、そこに書いてある約束をBさんが守っていない事実(2)
を証明すればいいからです。そうした事実がある限り、「契約を破ったBさんには、故意または過失の責任がある」と考えられます。自分の意思で約束したのですから、それを守のが当たり前で、守らなければ、それだけで「Bさんは無責任だ」と言えるからです。もし、Bさんには責任のない何か別の理由があって「約束を守りたくても、守れなかった」のなら、今度はBさんがその理由を説明して「自分に故意や過失がない」ことを立証しなければなりません。
そして四つ目の点ですが、これは「故意または過失の責任」と損害との「因果関係」(causation)
の問題と呼ばれます。「Bさんが契約を守らなかったために、Aさんにどのくらい損害が生じたか」という点が議論されます。その因果関係が認められる範囲で、AさんはBさんに対して賠償金(compensation for damages,
“damages”)を請求できるのです。それで、「損害賠償の範囲」(scope
of damages) の問題とも言われます。以上が契約責任で議論される主な点です。
[B]原告の立証責任:不法行為責任の場合
それでは、不法行為責任(tort liability)
の場合はどうでしょうか。この場合にも契約責任の場合と大体同じような論点が問題となるのですが、原告の立証責任は、ずっと厳しくなります。なぜでしょうか。契約関係のように、守らなければならない明確なルールがないからです。例えば、DさんがATMの前に並んでいると、後ろに立っていたFさんに急に押されて転び、腕の骨を折ったとします。Fさんは近づいてきた自転車を避けようとしたのです。DさんとFさんの間には何の契約関係もありませんが、「大勢の人がいる場所では、他の人に怪我をさせないように注意しなければならない」という誰でもが知っている社会的なルールがありますね。これを「注意義務」(duty
of care)
と呼びます。不法行為責任では、このような注意義務に違反したかどうかが議論されます。そこで、原告であるDさんは次のような点を立証しなければなりません:
1.
事件が起きた時、Fさんには、守らねばならない注意義務があったこと。
2.
Fさんがその注意義務に違反したこと(breach of duty)。
3.
注意義務に違反した点について、Fさんに「故意」または「過失」があること。
4.
Fさんの義務違反が原因で、Dさんに損害が生じたこと。
5.
Fさんが義務に違反したこと、Dさんに損害を及ぼしたことに、正当な理由がないこと。
これを一言で言えば、「Fさんはその時、何か間違い(carelessness,
fault,
mistake)をしたはずだ」ということです。それが「過失」なのですが、「Fさんに過失責任がある」と言えるためには、「Fさんはあの時、『もしDさんにぶつかれば、Dさんは転んで、そして腕の骨を折るかもしれない』と、知り得たはずだ」ということを証明しなければならなりません。もし、そうした結果(「腕の骨を折る」という損害)を予測することができなかったならば、それが起きないように注意する義務もありません。その場合には、「Fさんに過失責任はない」という結論になります。Dさんはまず、このようにな「結果の予見可能性」(foreseeability)や「注意義務違反」(breach
of duty) の事実などを立証しなければならないのです。これは簡単ではありません。